愛知県北設楽郡設楽町道133号竹桑田清崎呼間線 その4

Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+Pin on PinterestShare on TumblrShare on LinkedInEmail this to someonePrint this page

その3からの続きです。

第二の無名橋を渡り30mほど進むと、隧道が姿を現します。田口線には全線に24本の隧道があり、この隧道は起点から16本目、「第一清崎隧道」と名づけられていました。

現在の町道としては、隧道名は「寒狭第一トンネル」と記されています。幅員4.0m、高さ4.5m、延長351.4m(設楽町道路台帳「町道133号竹桑田清崎呼間線」より)で、ほぼ一直線に山を貫いています。(廃線跡ではありますが、本稿ではあくまで現役町道として位置づけているため、以降隧道名は道路台帳に準拠します。)

入口付近はコンクリート造ですが、内部は一部補強でコンクリート覆工がされているものの、大半が素掘りです。洞内には枕木が数本放置されており、ここで初めてバラストと鉄橋以外の線路の痕跡を目にすることができました。

途中一部崩落している箇所はあるものの、廃線隧道としてはまあまあ良い状態を維持しています。ただし、現役町道の隧道としては完全に通行止レベルであり、入口には通行止の看板が立てられていました。

長い隧道を抜けます。南側坑口は山側にわずかに土砂の崩落も見られましたが、北側は極めて良好な状態を保っていました。

隧道を出ると大量の落石がお出迎え。現役町道とはいうものの整備は全くと言ってよいほど行われていないことを感じさせます。

隧道から80mほど進むと第三の橋が姿を現します。こちらも「無名橋」と記されており、廃線転用区間では、隧道にはわざわざ鉄道時代と異なる名称を付与しているにも関わらず、橋梁に関しては全て「無名橋」で済ませてしまっており、鉄道開通当時の桁がそのまま残存する貴重なものなのに…と、隧道に比べ冷遇されている橋梁に愛おしさを感じてしまいます。

こちらの橋梁は、道路台帳図面には幅員3.2m、橋長は4.3mと記されています。

この橋は今までに見てきた三本の無名橋の中で唯一、中央部分に床版として木板が敷かれていました。しかし、いつ敷かれたかも分からない木板に体重を預けるのは危険なので、今まで同様鋼桁の上を進みます。
この橋にも先の橋と同様に「大阪鉄工所 昭和五年」の銘板が取り付けられていました。

橋長自体は5m弱と短いのですが、渡る谷は大きく切れ込んでおり、落差が大きく今までの橋の中では最も高度感を味わうことができました。

第三の無名橋からほんの20mほどで、四番目の無名橋が現れます。こちらは橋長3.4m(設楽町道路台帳「町道133号竹桑田清崎呼間線」より)と今までの橋の中では最も短いものです。

しかし、これまでの無名橋同様、橋台は石造の立派なものが用意されています。どうもこの周囲の谷は幅は狭いものの傾斜が急で、橋を設けるにあたってはしっかりした基礎が必要であったようです。

四番目の無名橋を過ぎると、先の崩落よりは規模が小さいですが、また崩落が発生していいます。台帳の図面によるとこのすぐ先に隧道があり、写真では分かりにくいですが肉眼では坑口を目視できます。傾斜も緩く通過は容易なので、そのまま隧道へと向かいます。

崩落を越えるとコンクリート造の隧道が口を開けていました。「寒狭第二トンネル」です。田口線現役当時は「第二清崎隧道」と称されていた隧道です。

先の寒狭第一トンネルは直線でしたが、寒狭第二トンネルは突き出した尾根を越えるために、洞内の線形は緩やかにカーブしています。
坑口には崩落土が流入しているため入口付近には若干の水溜りが発生していましたが、さした深さでもなくスムーズに進むことができます。

延長は119.4m(設楽町道路台帳「町道133号竹桑田清崎呼間線」より)と短いので、カーブしているものの出口の明かりが僅かながら洞内に入り込んでおり、ライトなどの装備がなくても辛うじて通り抜けは可能です。

寒狭第二トンネルの北側坑口は、田口線廃線転用区間に入ってからこれまでの行程の中では最も幅員が広くなっていました。しかし山側は緩やかに崩れており、そのため坑口の山側にも一部崩落土が掛かっています。土被りは浅く、坑口はかなり幅広くコンクリート工が施されていました。

隧道を過ぎると、いよいよ町道の田口線転用区間も残り250m弱となります。
途中には掘割というにはあまりにも規模が小さいですが、両側に石垣が積まれた場所が見られ、道床…というか路盤も安定している場所が増えてきました。

いよいよ道路としての久々の人工物であるカードレールが見えてきました。

手前には大きな落石が見られますが、隧道からここまでの状態を見ると、しばらく前までは隧道までの間は何らかの作業で車両が通行することもあったのではないかと思われます。

落石を超えると、川側にはガードレールがきちんと設置された道らしい光景が復活します。前方には国道257号の新清嶺橋が見えてきました。

町道はこのまま寒狭川沿いに国道257号を横断して呼間集落へと続いて行くのですが、その前にちょっと寄り道をしてみたいと思います。

(つづく)

Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+Pin on PinterestShare on TumblrShare on LinkedInEmail this to someonePrint this page