名古屋鉄道蒲郡線 西幡豆駅と駅便所

名古屋鉄道蒲郡線は、名古屋鉄道西尾線吉良吉田駅-蒲郡駅間 17.6Kmを結ぶ路線です。

名鉄三河線の前身である三河鉄道が1929(昭和4)年8月に吉良吉田ー三河鳥羽駅間を開通、その後1936(昭和11)年7月に三河鹿島、同年11月に蒲郡へと順次延伸しました。

1941(昭和16)年6月に三河鉄道が名古屋鉄道と合併して名鉄三河線となり、その後1948(昭和23)年5月、吉良吉田ー蒲郡間が蒲郡線として独立しました。

西幡豆駅は上述の1936(昭和11)年7月の第一期延伸に伴い開業した駅です。開業当初、三河鳥羽から先の区間は非電化であったため、西幡豆駅も非電化線として開業しました。

沿線にはうさぎ島、西浦温泉、こどもの国などの観光地があり、かつては本線から直通特急が走るなど賑わいを見せていましたが、モータリゼーションの進展や国鉄→JR東海 東海道本線の高速・高頻度運転化などに伴い、次第に旅客は減少傾向となり、1997(平成9)年には名鉄より西尾線西尾-吉良吉田間と蒲郡線全線についても廃止の意向が表明されました。
沿線自治体は存続へ向けて「西尾線・蒲郡線対策協議会」を設立し、支援金の拠出を行っており、現在のところ2025(令和7)年度までの存続が決定されています。

名鉄では、2001(平成13)年から 駅集中管理システムを導入開始したことに伴い、2008(平成20)年度までに全線の無人駅でシステムに対応した簡易駅舎が順次建設されました。
これにより既存の旧駅舎の解体・置き換えが進められましたが、前述の通り蒲郡線は輸送人員が少なく、費用対効果の面から駅集中管理システムの設置対象から外れたため、旧駅舎が残存していました。

しかしながら老朽化に伴い、西尾市は市内に残存する西幡豆駅、東幡豆駅の解体を決定しました。
2021(令和3)年10月より工事に着手することとなり、同年10月10日には、西尾市主催の「ありがとう! 西幡豆駅舎・東幡豆駅舎」イベントが実施されました。

解体前の西幡豆駅を2021(令和3)年9月に訪問したのでレポートいたします。

【ご注意】解体工事の進行に伴い現状は異なっています。

まずは全景を。二面一線の島式ホームを有する交換駅です。ホームと駅舎とは構内踏切で結ばれています。

駅舎は木造の片流れ屋根で、こぢんまりとした印象です。
前述の西尾市「ありがとう! 西幡豆駅舎・東幡豆駅舎」ウェブサイトによると、この駅舎は1960(昭和35)年建造とのことですが、非電化時代の写真にもほぼ同じ場所に木造片流れ屋根の駅舎をみることができます。
同様の構造で後年再建されたのか、ウェブサイトの記載が異なっているのかは不明です。

古い駅舎にはやや不釣り合いですが、1992(平成4)年から導入されたシンボルマーク(MEITETSUウイング)がデザインされた駅名板が掲げられています。

正面から。
下見板張りの外壁がよく目立ちます。

裏手ホーム側から。
片流れ屋根の先、出入口部分には突き出して軒が設けられています。

裏手正面から。
向かって右手はかつて駅事務室がありましたが、現在は板張りの扉で施錠されています。

コンパクトにまとまった非常に可愛らしい外見です。

訪問時は間もなく行われる解体に向けて、工事を予告する看板が設置されていました。

駅舎の東側、正面から向かって左手には、井戸とコンクリート製の水槽がありました。

続いては駅舎内です。
奥手方向、かつて窓口があった部分は無人化により板で塞がれ、運賃表やお知らせなどが掲示されています。さよならイベントの際には久しぶりにこの板が外され、窓口で記念切符の販売が行われたそうです。

入口脇には自動券売機が一台設置されています。

入口方向です。

待合室は昔ながらの木造ベンチが設けられており、小壁には地元の小学生が描いた絵が飾られています。

続いてホームです。
島式ホームはやや狭いですが、4両編成対応です。2005(平成17)年までは特急列車が停車していましたが、現在は臨時・貸切列車などを除き、原則として2両編成のワンマン運転列車のみが停車します。

ホーム端部はスロープで、構内踏切で駅舎と結ばれています。

かつての名鉄の小駅ではよくみられたテント屋根が現役です。
すこしヴィヴィドな色調が特徴的です。

テント屋根の上屋の柱は鋼管製です。
途中からは古レール製の上屋となります。年代的には先端側のこちらの上屋の方が先に設置されたものと思われます。

古レールの上屋です。スレート屋根となっています。

古レールの柱と垂木に利用されており、それぞれ2本が一組となるように組まれています。
柱の上部は曲げ加工が施され、端部は斜めにスライスされています。

軒桁は古レールではなく、リップ溝形鋼を用いているようです。

ホームの駅名板は全線共通のCIデザインを用いたもので、当駅と次駅には駅ナンバーが表記されています。蒲郡線のアルファベットは「GN」です。
なぜか仮名とローマ字部分は後から補修されたのか上から別途貼り付けとなっています。
海が近いからか、支柱にはかなり錆が浮いています。

ホーム先端部分です。蒲郡方面はしばらく直線がつづくため、かなり見通しが良くなっています。

最後に駅便所です。
非常に愛らしく小ぢんまりとした、これぞ駅便所、というスタイルです。
残念ながら、こちらも駅舎と共に解体されます。

正面には窓が無く、手洗い用の蛇口と陶製の洗面ボウルが設けられています。

入口上部には「お手洗」の表記がありますが、色が落ちており判読がしづらくなっています。
そのためか、更に小さなプレートを後付けで設置したようですが、こちらも日焼けして赤色が褪色したのかピクトグラムの女性表記は消えてしまっています。

線路側の面には採光窓が設けられており、裏手には汲み取り口と臭突がみられます。

駅前通り側の面には窓が無く、昔ながらの手書きの商工案内図が掲示されています。

続いて内部です。男女兼用で、小便用にはストール小便器が二基設置されています。

個室は一室で、和式の汲み取り式便器が一基設置されています。
トイレットペーパーホルダはなく、ペーパーは床上のトレイの中にそのまま置かれています。
上部には簡易な荷棚がみられます。

屋根は外側はトタン張りですが、内部は板張りです。
証明はカバー付きの蛍光灯が一つ、棟木に取り付けられています。夜間はやや心もとなさそうな印象です。

このように、コンパクトな駅舎、駅便所、古レール上屋など非常に魅力的な要素が凝縮された駅だっただけに、無人化によりメンテナンスに手が回りづらく、また木造で防災上も問題があるため軽々に保存して欲しいとまでは言えないのが実情ですが、解体されるのはやはり非常に残念です。
せめてこのように、駅舎のディテールを構成に記録として残すことができればと思います。

2021(令和3)年9月訪問

(了)