水平歩道と阿曽原温泉 その4

Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+Pin on PinterestShare on TumblrShare on LinkedInEmail this to someonePrint this page

その3からの続きです。

志合谷を越えると、いよいよ水平歩道のハイライトともいえる大岩壁のへつり道「大太鼓」に至ります。

ここは本当に谷側は岩壁なので、見下ろすと全く遮るものなく谷底へ続いています。

何度かファインダーを覗いた記憶はあるのですが、あまり高度感が伝わる写真になりそうになかったのと、新しく購入した360°カメラでの撮影に気をとられていたこと、帰りはGoProを装着していたので動画から切り出せばいいやと思っていたら動画が記録できていなかった、というのが重なりまして。
谷底は繰り返し覗いていたので、決して怖かったんじゃないですよ、とアピールしてみます(笑)。


地理院地図(国土地理院ウェブサイト)より引用

大太鼓。山小屋のご主人によると、入口部分が今シーズン剥落して、道幅が狭くなったとのこと。確かに岩壁を見てみると他は黒っぽいのに入口付近だけ白っぽくなっています。
一番狭いところでは60cmもないでしょうか。岩壁に張られたワイヤーが唯一の命綱です。

ツアーなのでノンビリじっくり撮影という訳には行かないので、後ろ髪を引かれる思いで先へと進みます。やはり単独再訪問は必至です。

人一人通るのがやっと、右は深い谷底、頭上は低いという険しい環境です。
かつてここを歩荷は重い荷物、時には長物さえ担いで歩いたというのですから信じられません。

大太鼓途中には、「大太鼓展望台」の看板があります。
阿曽原まで6.2km、欅平まで5.4kmと、まだ行程の半分以上を残していることに、少々ゲンナリしながら先へと進みます。

こちらは大太鼓より規模は小さいものの、やはり岩盤をへつって造られた小太鼓。

小太鼓から先ほど看板のあった辺りを振り返って。

途中には、ごく稀に古レールが桟道に用いられています。冬季の雪で多くの桟道が失われたり破損するので、重量があり復旧し辛い古レールはあまり使われておらず、加工のしやすい木材がメインで用いられているのですが、ここでは二本を一組にして道の縁を守っていました。
地中深く高熱隧道を貫いて走る工事用軌道のものでしょう。

大太鼓をすぎてもなお、水平歩道は変わらず剃刀でスパッと切ったかのように、一直線の道を険しい山肌に刻んでいます。そして目的地の阿曽原谷までの間で最後の大きな谷となる、折尾谷が近づいてきます。

この谷は水量が多いので、渡渉は危ないし橋を架けるには谷幅が広く、どうせ雪崩で毎年架け直さねばならないので、砂防ダムの裏に道をつけています。こういうのを隧道と呼んでよいのか分かりませんが、地形図にはトンネルの記号が記されており、一応第四の隧道としておきます。
ちょっと湯田貯砂ダムを思い出させるような造りですが、こちらは当然遊びのない本格派砂防ダムですから、裏側から流れ落ちる沢水を眺めるなどという小粋な演出はありません。
この黒部でそんなことをしたら、すぐに土砂で通路が埋まってしまいます…。


地理院地図(国土地理院ウェブサイト)より引用

さしづめ中空重力式コンクリート砂防ダムとでも申しましょうか。

中は真っ暗で一段下がっており、水の流入もありかなり靴が濡れます。
階段の踏面も磨耗が進み、うっかりすると脚を滑らせてしまいそうになります。
短い距離で日中であれば外光も差し込むのでライトはなくても進めますが、ここはライトを点灯した方が安全でしょう。

折尾谷を砂防ダムトンネルで越えると現れるのが折尾ノ大滝。阿曽原温泉まで残り4.8km。ここまでの道程でほぼ唯一といってよいまともな水場です。
そう、水平歩道は距離の割りに水場が非常に少ないのです。それゆえ最低でもこの折尾ノ大滝まで8kmは補給なしで行けるだけの水分を担がねばならりません。
私は1.5リットルほど用意していましたが、結構ギリギリでした。
行きは2/3を過ぎたくらいで補給できるので良いのですが、帰りはここから8km補給が困難なので、帰りの水分は少し多めに用意しておいた方がよいと思います。重くなりますが…。

ここまでかなり歩きましたが残り4.8km。それでもゴールが徐々に近づいてきていると安堵します。しかし最後に待ち受けるのが高巻き。阿曽原手前2kmくらいでしょうか。大崩落があって水平歩道の復旧が困難なので、100mくらい巻いて回避します。
そこらは一旦水平歩道に復帰。するといよいよ最後の谷、阿曽原谷に到達します。

はるか対岸に見える阿曽原小屋にほっとします。しかしここからが大変。12km者道のりを歩いた最後に150mほど下らねばなりません。

山道というのは上りよりも下りの方が負担が大きいのはご存知の通り。かなり膝にきました。

そしてようやく広い阿曽原小屋のテント場に到着。
このテント場の片隅に、私が温泉と共に阿曽原小屋で最も楽しみにしていたものがあります。上部軌道の横坑です。この横坑こそが、小説「高熱隧道」にも描かれた、上部軌道隧道工事で最初に高熱地帯に突き当たった隧道なのです。

現在はかなり温度が下がったので湯気が立ち上るほどではありません。阿曽原小屋の食料などの資材は、上部軌道に載せられて、阿曽原駅からこの横坑を利用して搬入されているそうです。

宇奈月を7時57分発のトロッコで出発し、阿曽原温泉着16:20。長い道のりでした…。

阿曽原小屋は定員50名ほど。紅葉シーズンなどピークには200名近く泊まることもあるそうですが、今日は前日まで台風の影響があったことからキャンセルも出て我々ツアー7名プラス4名の11人しかおらず、まったりと過ごすことができました。

食事の前に疲れた身体を癒すために温泉へ。
しかし温泉は小屋から100mほど下にあるので、結局また帰りに100mの上りが待っているという、すっかり鈍った身体には最後の最後でかなりきつい洗礼が待っていました。

温泉はコンクリート造りの露天で、20時までは1時間ごとに男女交代、それ以降は混浴となります。とりあえず女性陣が先に入浴している間に部屋で荷物をまとめてストレッチなどして身体を解します。
そして17時からいよいよ入浴。湯は隧道内からホースで浴槽に引かれています。湯温は46°程度とやや熱めですが、沢水も加水されているので浴槽全体では40°程度とやや温めでゆったり長く入ることが出来ます。無色透明弱玉子味。つるりとした肌触りで、一日中歩きづくめだった脚の疲れも徐々に解れてゆきました。

お湯を引いている隧道にはブルーシートがかけられ、隙間からはもうもうと湯気が立ち上がり、中に少し入ってみるとまるでサウナのような暑さでした。
この隧道を高熱隧道として紹介している記事も多いのですが、山小屋のご主人によると、この隧道は後年黒四発電所から新黒三発電所への導水路を新設する際に設けられたもので、やはり同じ地層帯を通っているのですが、本来の高熱隧道は先に書いたテント場の隧道で、この隧道は吉村昭の著した「高熱隧道」ではないそうです。

その後夕食を食べ、20時には就寝。翌日は5時30分起床で6時20分に出発、欅平駅には13時40分頃に戻ってきました。

日本の発電史を語る上で外すことのできない水平歩道を歩き、そして長年の夢だった温泉に浸かることができて感慨無量でした。
ツアーということで他の方の迷惑にならないようペースをあわせていて、思うように写真を撮る事ができなかったので、来年は単独での山行に是非挑戦してみたいものです。

(了)

Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+Pin on PinterestShare on TumblrShare on LinkedInEmail this to someonePrint this page