水平歩道と阿曽原温泉 その1

2016年9月10~11日、黒部・宇奈月温泉観光局のツアー「阿曽原温泉小屋スタッフと歩く 日本一危険(?)な温泉に行く!!」に参加しました。

阿曽原温泉は、黒部川沿い、黒部第四ダムと黒部峡谷鉄道欅平駅のほぼ中間地点にある温泉です。温泉には阿曽原温泉小屋という山小屋があり、山小屋としては珍しく温泉に浸かりつつ休養を取ることができます。

阿曽原温泉へのアプローチにはいくつかルートがありますが、有名なのが通称「水平歩道」と呼ばれる黒部峡谷鉄道欅平駅から黒部川沿いに上流に向けて進むルートです。
もう一つ有名なルートは、黒部ダムから下流へ向けて、下ノ廊下と呼ばれるS字峡や十字峡といった景勝地を通る「日電歩道」を進むルートです。

「水平歩道」、「日電歩道」とも、黒部川の電源開発に伴い設置された登山道です。
水平歩道は、1919(大正8)年12月に日本初のアルミニウム精錬を目的とし、高峰譲吉を社長として設立された東洋アルミナム株式会社が、アルミ精錬に必要な電源開発の調査ために黒部川奥部に敷設した歩道です。
人跡稀な黒部の奥部にダムや発電所の立地調査や隧道建設資材を運ぶ為に設けられたこの道は、電力関係者や工事技術者、歩荷(ぼっか)と呼ばれる荷を背負って運搬する人夫が往来しました。文字通り、標高950mの等高線をなぞる様に水平に開削されているため、その名が付いています。
ただし峻険な黒部峡谷では黒部川両岸は切り立った斜面となっており、荷車を通すような幅員を確保することが困難な為、幅員は広いところで1m、狭いところでは60cm程度となっており、現在でも毎シーズンのように滑落事故が発生しています。

その後東洋アルミナムは経営の行き詰まりから電力事業を日本電力に譲渡し、日本電力が仙人谷ダムと黒部川第三発電所の建造のためにこの水平歩道を利用して仙人谷ダムへの資材運搬軌道用の隧道と水路隧道の建設工事を行っています。
工事にあたっては、途中で岩盤温度が150℃を超える高熱帯に突き当たり、ダイナマイトの暴発、高温下での作業による熱中症や火傷、宿舎の雪崩による崩壊などの災害による300人を超える犠牲を払いつつ、仙人谷ダム・黒部川第三発電所は1940(昭和15)年11月に発電を開始しました。

これだけの犠牲を払いつつも工事が推し進められた背景には、戦時下の軍需物資製造のために逼迫した電力事情がありました。電源開発は当時の国策として重要視されており、そのため多大な犠牲者を出しつつ工事は強硬にすすめられ、その壮絶を絶する現場の状況については、吉村昭の小説「高熱隧道」に詳しく描かれています。

かねてから、我が国の電源開発史を語る上で欠くことのできないこの高熱隧道工事と、その工事用道路としての水平歩道、そしてその高熱隧道から排出される湯を利用した阿曽原温泉には一度行きたいと思っていましたが、単独ではなかなか難易度が高く躊躇していたところ、このツアーが催行されることを知り、参加した次第です。

9月10日午前7時、黒部峡谷鉄道宇奈月駅へ集合。
このツアーは、途中まで欅平の竪坑エレベーターを利用した「黒部峡谷パノラマ展望ツアー」に便乗した形になっており、途中までは同ツアーのお客さんと同行することになります。

パノラマ展望ツアーの方は、ちょっとした登山があるものの比較的軽めのコースで、クラブツーリズムの団体さんが40名ほど。そこに阿曽原へ向かう物好きが7名くっついて、まずは始発のトロッコ列車で欅平駅へと向かいます。

途中黒薙川に掛かる水路橋や、山口文象デザインのモダニズム建築、黒部川第二発電所を眺めつつ欅平駅へ。

欅平駅から先は、通常一般人立ち入り禁止エリアですが、今回はツアーということで、関西電力の方の案内で竪坑エレベーターの入口までは1934(昭和9)年製の凸型電気機関車の牽引する専用列車で移動。竪坑ツアーの方は関電からヘルメットが貸与されましたが、われわれ水平歩道ツアー参加者は自前のヘルメット着用での帯同です。

欅平駅を出発した特別列車は、すぐに隧道へと入ります。隧道は200メートルほど進んだところで行き止まりになっており、ここから竪坑エレベーターの前まではスイッチバックして推進運転で進みます。

僅か数分間小列車に揺られて、竪坑エレベーター前へ到達します。

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本来は宇奈月から黒部川第四発電所まで一本の軌道で繋ぎたいところですが、欅平から先の黒部川は河川勾配が急になり、鉄道を敷ける勾配が確保できないため、標高差200mをトロッコ一両が積載できる大型エレベーターで結んでいるのです。

エレベータに乗ると、2分ほどで上部軌道の駅に到達します。この隧道がいわゆる「高熱隧道」です。

硫化水素で架線がすぐに腐食するので電気機関車は使えず、長大トンネルで高熱地帯を走行するためディーゼル機関車も不可ということで、ここから先はバッテリー機関車が延々と専用隧道を通って黒部の奥地へと物資を運搬しています。

この上部軌道に乗るツアーも関西電力主催で開催されているので、いずれは参加したいものです。

暫くの間専用軌道のトンネルを歩くと、外への出口へと逸れる登りの隧道が分岐しています。階段の傍らには現在は利用されていませんが線路も設置されています。

ただし勾配が尋常ではありません。もはやジェットコースター状態で、思わず参加者からも驚きと笑いの声が聞こえてきます。

トンネルを出たところで阿曽原小屋のご主人と合流し、クラブツーリズムの竪坑ツアー組とはお別れ。竪坑ツアーは水平歩道分岐に近いパノラマ展望台までの登山があるので途中までは付かず離れずで進みますが、我々には11kmの徒歩という苦行が待っているので、ゆっくりめのペースで150mほど登山道を登ってゆきます。

15分ほど登ったところでパノラマ展望台と水平歩道の分岐点、そこから更に10分ほどでいよいよ水平歩道の起点に到達です。

そしてここから、いよいよ黒部の深く険しい谷へと切り込む水平歩道歩きが始まります。


地理院地図(国土地理院ウェブサイト)より引用

(続く)