水平歩道と阿曽原温泉 その2

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その1からの続きです。

水平歩道は文字通り標高900mのラインをなぞる様に上流へ向けて続いています。そのため途中一部崩落地を高巻きしたりする場所はありますが、それ以外はほぼ平坦な道のりが続きます。

という訳で身体的な負担は距離があるというだけなのですが、とにかく谷側は転落したら一巻の終わりという状態な上に、初手から木造の桟道が現れたり、足元に岩が突き出ていて躓きやすい場所があったりと、油断できず精神的にはなかなか気を遣います。

はるか眼下に黒部川の流れを眺めることができます。欅平駅からはすぐそばに川が見えますから、水平歩道に至るまでには、この高低差を一気に詰める必要があるのです。それゆえ今回も、斜坑エレベータに便乗できなければ、水平歩道入口の時点でかなり消耗していたことでしょう。

帰路は登山道での下山となるため、実は翌日には膝を痛めて酷い目に遭う事になるのですが、この時は露ほども想像しておらず、ただただ峡谷の見事な光景に息を飲むばかりでした。

水平歩道に寄り添うように山奥へと続く送電線。
「新北陸幹線」という送電線で、黒部ダムで取水した水で発電を行う黒部川第四発電所から、滋賀県の栗東変電所まで超高圧275kVで結んでおり、関西電力の生命線ともいえる送電系統です。

水平歩道というと、よくテレビ番組などで紹介される足元直下に急峻な崖が迫るへつり道、というイメージが強いかと思います。
実際そういう箇所がほとんどではあるのですが、歩いてみると以外に植生があるので直接谷底まで視通の効く場所は少なく、さほどの恐怖感はありません。

途中には、かつて資材運搬を行っていた索道の遺構も見ることができました。
ツアーでなければ、上へ登ってつぶさに観察するところだったのですが…。

岩壁をへつった、いかにも水平歩道という光景。

高低差が無い分体力的には消耗が少なくて良いのですが、延々と同じような光景が続くので、正直に言ってしまうと、途中飽きというか中弛みしてしまう瞬間に襲われるかもしれません。
幸い今回は現地を熟知した阿曽原温泉小屋のご主人が適宜解説を交えてくださったので飽きる間もなく歩き切る事ができたのですが、単独であれば恐らく行程の途中で飽きてしまう場面が出てくる可能性が高くなり、そういう気が抜けたときに滑落などの危険が襲ってきます。
極力色々な方向に目を配り、新たな発見を心がけながら歩いたほうが良いでしょう。

新北陸幹線の送電鉄塔。このような巨大な鉄塔をこの急峻な地に築いた先人の努力に敬意を払わずにはいられません。
そして山小屋のご主人のお話によると、冬季電線に着雪した雪が固まり、それが溶けて剥がれ落ちる際に電線が撓むのですが、電線の長さと剥落した着雪の重みから、その振動は想像を超えて増幅し、時には鉄塔を歪めることもあるそうです。
その場合は当然修繕が必要となるため、ご主人はじめ山小屋のスタッフさんなどが歩荷となり、ヘリコプターから資材が降ろしやすい場所に置かれた資材を現場まで運ぶそうです。

しばらく進み蜆谷が近づくと、いよいよ訪れるものを圧倒する景観が眼前に広がります。幅1km、高低差800m。クライマーの間では「黒部の怪人」とも呼ばれる、奥鐘山西壁です。

当日もこの壁に挑むクライマーがおり、その姿はごく小さくですが判別することができました。圧倒的な自然を前にした人間のあまりの小ささ。

先へ進むと小隧道が現れます。阿曽原温泉小屋までの間に隧道は4つあるのですが、欅平から南下するとこれが最初の隧道となります。
4本の隧道の中ではこの隧道が一番地味…というか正統派の隧道です。

南側は斜めに坑口が開いているので、正面から撮影すると非常に狭いように感じられますが、実際には上の北側坑口の写真を見ても分かるとおり、人一人がある程度余裕を持って通行できる幅員です。

文字通り水平に続く道。

道は蜆谷に沿って大きく谷沿いに迂回します。この地点は蜆谷の最奥部になります。
蜆谷は訪問時には殆ど水の流れが見られず枯れ沢同然の状態でした。

水平歩道からは送電鉄塔への管理道が何箇所からか分岐しています。
こちらは新北陸幹線No.13鉄塔への分岐道。

来た道を振り返って。
緑に覆われていて気になりませんでしたが、過酷な環境の下を歩いて来たのだということを実感させられます。

続いて二本目の隧道が現れます。この写真を一目見て「おや?」と思われた方は重症です。
実はこの場所はもともと隧道ではなく、左手のやや広くなったスペースからも分かる通り、これまで同様岩壁伝いに道が続いていました。
しかし激しい崩落が発生したため復旧を諦め、隧道で回避するようにしたのです。

こちらの隧道も、先の隧道同様道が斜めについているので撮影したアングルからは少し狭く見えます。
しかしこちら側には、先に述べた元の岩壁伝いの道の平場が見られません。

それは何故かというと…。

隧道の谷側には、ほぼ垂直に切り立った岩壁があるのみです。
しかしよく見るとなにやら丸鋼のようなものが散見されます。

実はこの区間、元々はこの岩壁に太い丸鋼を打ち付け、その上に木板を敷いて道にしていたのです。もし今も存在しているのであれば、中国陝西省の西岳華山にある「長空桟道」のような危険な道として、水平歩道踏破の難易度を格段に上げていたことでしょう。
そしてこの廃道は、かなりの経験を積んだ廃道愛好家であっても、プロ級のクライミングテクニックを身に付けていなければ接近することすら不可能かと思われます。
恐らくこの岩壁の裏側には隧道へと付け替えられることになった崩落地点がある筈なので、踏破などというのは夢のまた夢でしょう。

しかしかつてはこんな道を人々が歩き、資材を運び、そして発電施設が建設されて今の豊かな私たちの暮らしがある…。そう思うと本当に襟を正さずにはいられません。


地理院地図(国土地理院ウェブサイト)より引用

(続く)

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