ロストラインフェスティバルin神岡 その1 出発式

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富山県細入村(現 富山市)の国鉄(現 JR東海・西日本)高山本線猪谷駅と岐阜県神岡町(現 飛騨市)の神岡駅を結ぶ国鉄神岡線は、神岡鉱山から産出される亜鉛鉱石の輸送を目的として1966(昭和41)年10月6日に開通しました。

その後、国鉄の経営難に伴い1980(昭和55)年に制定された日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)により、輸送密度が4,000人/日未満であり廃止・転換が適当であるとされる特定地方交通線に指定され、神岡線は1984(昭和59)年10月1日に廃止され、その経営は神岡鉱山を経営する神岡鉱業の親会社である三井金属鉱業株式会社が株式の51%を保有する、第三セクターの神岡鉄道に引き継がれました。

しかし、経営移管後もバスや自家用車への交通のシフトにより輸送人員は年々減少の一途を辿り、鉄道部門の収入の7~8割を占め、経営の頼みの綱であった神岡鉱山からの硫酸の貨物輸送が2004(平成16)年10月にトラックに切り替わり、貨物輸送が同年12月31日限りで休止されました。このことにより命脈を絶たれた神岡鉄道は、惜しまれつつも2006(平成18)年12月1日、猪谷駅ー奥飛騨温泉口駅(神岡鉄道移管時に神岡駅から改称)間の全線が廃止されました。

その後、飛騨市により観光鉄道として再建する道も模索されましたが、あえなく頓挫。それでも「町のシンボル・地元民のルーツである」という強い思いをもった地元の有志による神岡鉄道協力会(当時)による鉄路の保持活動が地道に続けられ、2007年からレールマウンテンバイクの実験運行を開始し、2012(平成24)年からはNPO法人神岡町づくりネットワークにより「レールマウンテンバイク Gattan GO!!」として通年営業(冬季休止)が行われ、現在では体験型の産業観光として多くの観光客で賑わっています。

そんな中、旧神岡鉱山前駅の検車庫にひっそりと眠っていた、神岡鉄道KM-100形KM-101号「おくひだ1号」が再整備を施せば動かせる可能性がある状態であることが分かり、数々の苦難の末についに再起動が実現しました。

その模様は「レールマウンテンバイク Gattan GO!!」さんが動画をアップしているので是非ご覧ください。

これを契機として、全国で同様に廃線の活用を行う団体が集う協議会を設置しようという機運が高まり、日本ロストライン協議会が設立されることになりました。この設立総会にあわせ、おくひだ1号を旧神岡鉱山前駅から旧奥飛騨温泉口駅まで復活運転するイベント「ロストラインフェスティバル in 神岡」が、2017(平成29)年4月8日に開催されることになり、旧奥飛騨温泉口駅から旧神岡大橋駅間0.8Kmを五往復する体験乗車会も行われることになりました。

この復活運転は全国の鉄道ファンに知れ渡り、事前に抽選が行われた体験乗車会は実に6.6倍の狭き門となったのですが、幸運にも当選し乗車する機会に恵まれました。
全国の廃線保存活動を行う団体が集う日本ロスライン協議会にも大いに関心があったので、設立総会と併せて神岡の地を訪れました。

イベント用の駐車場に指定された駅近傍の坂巻公園駐車場に車を停め、メイン会場となる、旧奥飛騨温泉口駅に到着したのは午前8時。同駅は現在「Gattan Go!!」の拠点となっていますが、まだ早い時間だったので、会場設営準備が進みつつも人はさほどいませんでした。

奥飛騨温泉口駅の車寄せには、神岡鉄道カラーで「おかえりなさい」のゲートがおくひだ1号を出迎えるように設置されていました。

出発式の行われる神岡鉱山前駅まで、ロケハンがてら神岡線に沿うようにして歩いてゆきます。
まずは体験乗車会の折り返し駅となる神岡大橋駅。この時点では、早くも撮影場所を確保する鉄道ファンの方を数人見かけましたが、それ以外にはごく普段どおりの光景でした。

神岡大橋駅といえば名物きのこバス停。ベニテングタケにしては、随分とずんぐりしていますが(笑)

続いて飛騨神岡駅。神岡線は全線の約6割をトンネルが占め、奥飛騨の地下鉄とも呼ばれていたのですが、この駅は谷の両側の中腹に空いた二つのトンネルの坑口を繋ぐ高架橋の上に設けられています。
2018(平成30)年3月末での廃止が予定されているJR西日本 三江線の宇津井駅を思い起こさせます。

飛騨神岡駅から神岡鉱山前駅に向かう途中の国道沿いで見かけた「工」と「建」の標石。国鉄と建設省でしょうか。

高原川の対岸では、神岡鉱業の建屋と煙突からもうもうと煙が立ち込めていました。

出発式となる旧神岡鉱山前駅。
奥飛騨温泉口駅から4km弱の道のりを写真を撮りつつのんびり歩いてきたので、到着は9時少し前。
出発式は10時からですが、駅は築堤の上にあるので様子はわかりませんでしたが、駅入口には特に装飾などは施されていませんでした。

普段は封鎖されているホームへの通路も、今日は開放されています。
写真はかなり高感度で撮影したので明るく見えますが、実際には電気が来ていないのでほぼ真っ暗です。

通路突き当りを右手に曲がり階段を上り詰めると、神岡鉱山前駅への案内標識がお出迎え。

ホームに登ると、すでにおくひだ1号は検車庫から出ており、側線で待機していました。

まもなく10年ぶりの復活という緊張のときを迎えるおくひだ1号。最後の全般検査は2001(平成13)年の7月だったようですね。

そして9時過ぎ、いよいよおくひだ1号がエンジン音を轟かせながら側線を出発し、構内入換を行いホームへとやってきました。

久々に本線上に現れた、おくひだ1号の勇姿。

奥飛騨温泉口駅に掲げられた「おかえりなさい」のメッセージに呼応するように、前面には「ただいま」の装飾が誇らしげに飾られていました。

現役当時さながらのサボ。まさに10年の時を経て、おくひだ1号が蘇ったことが実感されます。

発車式が近づくと、鉄道ファンや地元の方々が徐々に集まり、構内は記念撮影を行う多くの人々で賑わってきました。

そして10時。いよいよ出発式がはじまりました。
司会はタレントで鉄道ファンの斉藤雪乃さん。

飛騨市都築市長、Gattan GO!!を運営するNPO法人 神岡・町づくりネットワークの鈴木理事長をはじめ、運転を担当するジェイアール貨物・北陸ロジスティクス富山研修所の浅野氏、車掌を勤める元運転士の森下氏などが勢ぞろいする中、生憎の曇天ながら式典は華やかにスタートしました。

司会を務める斉藤雪乃さん。

都築市長から浅野運転士へのハンドルの贈呈。

鈴木理事長から森下車掌へはタブレットが授与されました。
タブレットの通票は、実際に神岡鉱山前駅から奥飛騨温泉口駅間で使用されていた丸型のもの。

裃を観に纏ったNPO法人 神岡・町づくりネットワークの山口理事の「出発進行」の掛け声と、子供駅員たちの笛を合図に、おくひだ1号は汽笛を高らかに鳴らし、懐かしいエンジン音と共に奥飛騨温泉口駅までの3Kmの道程を、時速15kmほどのゆっくりとしたスピードで歩み始めたのでした。

ここから奥飛騨温泉口駅までは、途中の飛騨神岡駅、神岡大橋駅でそれぞれ10分ずつの停車をしながら1時間を掛けてゆっくり進みます。

そして無事の出発を見送った私は、現地で出会った知人の車に同乗させて頂き、おくひだ1号の追跡をはじめたのでした。

(続く)

※掲載当初、国鉄神岡線の開通日を1966(昭和41)年11月6日としていましたが、10月6日の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

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