火の見櫓図鑑

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中部地方の火の見櫓「石碑」

新潟県

渓芳塔
十日町市消防団松之山方面隊第一分団二部一班小谷器具置場

新潟県十日町市松代地区から松之山へ抜ける国道353号から市道へ入った先、傾斜地に数軒の集落がある松之山小谷地区に建つ火の見櫓の足下にある石碑。
「渓芳塔 昭和三十九年七月建之」と記されており、火の見櫓が1964(昭和39)年の建造であることが分かると共に、山間部であることから「警報」に「渓芳」の佳字を充てて命名されている点に雅を感じさせる。

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石碑全体像建立年月立地全景

長野県

鐵塔供出記念
茅野市消防団金澤分団金澤部中央班屯所

国道20号沿い、金沢地区の中心部に建つ櫓。足下には「諏訪郡金沢村道路元標」も設置されている。
石碑には「鐵塔供出記念」「鐵塔寄贈者 野口喜親*」(*喜の字は七が三つの異字)と記されている。「供出」が、太平洋戦争時の金属供出を指すのか、寄贈者の方が当地に鉄塔=火の見櫓を寄贈(供出)したという意味なのかは年号表記が無いため不明だが、寄贈して建立した事に対して供出という言葉を用いるのは不自然に感じられる。元々の火の見櫓が金属供出されて際に、寄贈者に謝意を込めたのか、寄贈者自らが「お国のために供出される」ことを記念して建立されたものと思われ、この石碑は現在の火の見櫓にまつわるものではないものと推測される。

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石碑全体像寄贈者名立地全景

愛知県

寄贈者銘碑
愛知県稲沢市 島の火の見

愛知県稲沢市、島地区にあった火の見櫓の基礎部分に建植された石碑。「寄附者 山田貞一」と記されているが、火の見櫓の基部周囲が金網で囲まれていた上に裏側が非常に狭く、石碑裏面に何か記されているのか確認できなかった。2009年1月に火の見櫓と共に撤去済みのため、今となっては確認する術がないのが残念である。

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石碑全体像立地全景

寄贈者銘碑
愛知県一宮市 丹陽町九日市場東三本松の火の見

愛知県一宮市丹陽町の火の見櫓基礎部分に建植されて石碑。「寄附者 名古屋市 湯浅藤浪」「昭和二十九年三月 建設」とあり、名古屋市の方により寄贈されたこと、火の見櫓が1953(昭和29)年に建造されたことが分かる。火の見櫓は非常によく手入れさりており、建造から50年近く経過しているとは思えない。

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石碑全体像石碑側面立地全景

御大禮記念
愛知県常滑市 常滑市消防団鬼崎分団一班

愛知県常滑市鬼崎地区、県道252号大府常滑線沿いに建つ火の見櫓の基礎の傍らに建てられた石碑。
「御大禮記念」、「大正四年十一月十日」と記されていることから、大正天皇の即位を記念して火の見櫓が建造されたことが分かる。但し、現存する火の見櫓が1915(大正4)年の建造とは形状や部材の状態から考えにくく、またもし実際に大正初期の建造であれば近代化遺産クラスの貴重なものであるが特に何の指定も受けていない事などから、当初の櫓は一旦戦時中に金属供出などで失われ、現存するものは戦後再建されたものと考えるのが自然だろう。

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石碑全体像(御大禮記念)石碑全体像(年月日)立地全景

建立年碑
愛知県名古屋市 上小田井の火の見

愛知県名古屋市西区、洪水時には庄内川の水量調整に用いられる庄内緑地公園の堤内地に建造された火の見櫓の基礎部分に建植された石碑。
「昭和四二(三?)年七月」と記されており、火の見櫓としては比較的後年の建造であることが分かる。昭和30年代には伊勢湾台風、火の見櫓自体は調整池の役割を担う公園の堤防に立地することから、防火だけでなく水防の意味合いも強いものと思われる。

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石碑全体像立地全景
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